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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)3061号 判決

原告 松沢織物株式会社

被告 今井桂

一、主  文

債権者被告、債務者原告間の東京法務局所属公証人長谷川常太郎作成第九万八千五百四十六号債務弁済契約公正証書に基く強制執行は、これを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき東京地方裁判所が昭和二十六年六月四日為した強制執行停止決定を認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めると申立て、その請求の原因として原告は元、東洋絹織株式会社と称したが、昭和二十五年十二月十八日現在の如くその商号を変更したものであるが、被告は原告に対する債務名義として主文第一項に掲げた公正証書を有している。ところで右公正証書の内容は昭和二十五年十月三十一日附で原告が被告に対し同年七月十五日以降同年八月一日までの間三回に亘り借用した元利金合計七十万六千二百四十円の債務のあることを認め、原告はこの債務を同年十一月十日限り弁済すること、原告が右期限までに弁済しないときは日歩金三十五銭の遅延損害金を支払い、且直ちに強制執行を受けても異議がないこと等を約諾したことになつているものである。けれども、

(一)  右公正証書に表示されている契約(以下公正契約と略称する)は原告が後述の如く昭和二十五年四月二十三日金二十万円を被告から借受けた際、偶々被告が入手した原告の白紙委任状を利用し、原告の知らぬ間に被告において訴外坂本吉勝を原告の代理人に選任し、右選任された坂本が原告の代理人として被告との間に成立させたものであるから、坂本は原告の意思に基き選任されたものでなく、原告の代理権がないばかりか、被告が被告自身、原告の代理人として選任した坂本との間に結んだ前示公正契約は民法第百八条の法意に反する無効のものである。

(二)  仮にそうでないとしても、本件公正契約の目的となつた後記三回に亘る資金貸借当時、被告は大蔵大臣に対する貸金業の届出をしないで、貸金業をなし、原告に対する貸付も貸金業務としてなされたものであるから「貸金業等の取締に関する法律」第五条に反し、資金貸借契約は無効であり、右無効の契約に因る貸金債権についてなされた本件公正契約も無効である。

又仮に本件公正契約が有効であるとしても、

(三)  原告はその公正契約による債務全部の支払に代え、昭和二十五年十一月二十一日被告に宛て、

(イ)  金額五万円、満期同年同月三十日、振出地東京都港区芝高輪町六一、支払地東京都中央区日本橋室町二丁目、支払場所日本勧業銀行日本橋支店と記載した約束手形一通

(ロ)  満期を昭和二十六年一月三十一日とした外、すべて(イ)と同一の約束手形一通

(ハ)  金額十万円、満期昭和二十六年一月二十九日とした外、すべて(イ)と同一の約束手形一通

(ニ)  金額二十五万円、満期昭和二十六年三月三十一日とした外、すべて(イ)と同一の約束手形一通

(ホ)  金額十万円、満期昭和二十六年四月三十日とした外、すべて(イ)と同一の約束手形一通

(ヘ)  金額十五万円、満期昭和二十六年五月三十一日とした外、すべて(イ)と同一の約束手形一通

(ト)  金額二十四万三千三百五十円、満期昭和二十六年六月三十日とした外、すべて(イ)と同一の約束手形一通

を振出したのであるから、本件公正契約上の債務は消滅に帰している。

(四)  更に仮に右手形が公正契約による債務の支払に代えて振出されたものではないとしても、本件公正証書の表示されている三回に亘る被告から原告に対する資金貸付の内容は、

(1)  昭和二十五年四月二十三日金二十万円を弁済期一ケ月利息一割と定めて貸付け、その際右期限内の利息金二万円の前払を受け、同年五月二十二日期限を一ケ月延期し、利息を月一割二分に改定し、その際右延期した期限内の利息の前払として二万四千円の支払を受け、更に同年六月二十一日期限を一ケ月延期し、その際右延期した期限内の利息の前払として金二万四千円の支払を受け、

(2)  同年五月四日金十万円を弁済期限一ケ月利息月一割二分と定めて貸付け、その際期限内の利息金一万二千円の前払を受け、その後弁済期を一ケ月延期し、その延期期限内の利息金一万二千円の前払を受け、

(3)  同年五月三十一日金十五万円を弁済期限一ケ月、利息月一割五分と定めて貸付け、その際利息の前払並に貸金の三分に相当する貸付手数料として合計二万七千円の支払を受け、

ているのである。従つて本件公正証書の日附である昭和二十五年十月三十一日当時において原告の負担していた債務は、(1) の元金二十万円とこれに対する同年七月二十一日以降同年十月三十一日までの利息制限法所定の限度における年一割の約定利息同額の損害金五千六百四十四円四十銭、(2) の元金十万円とこれに対する同年七月三日以降同年十月三十一日までの前同様の損害金三千三百十五円四十銭、(3) の元金十五万円とこれに対する同年七月一日(昭和二十六年十月十九日の準備手続期日において、それに基き陳述された昭和二十六年十月十一日附原告提出の準備書面に昭和二十五年六月三十一日とあるは七月一日の誤記であることは明白である。)以降同年十月三十一日までの前同様の損害金五千九十六円四十銭以上総計四十六万四千五十六円二十銭に過ぎず、右金額を超える公正証書表示の原告の債務は存在しなかつたばかりでなく、被告はその後、右債務の弁済として昭和二十五年十二月二十二日金五万円、昭和二十六年一月中旬金四万円、同年二月上旬金五万円の支払を受けた外、同年五月三十一日、右債務の内金八万円の弁済として静岡地方裁判所熱海出張所昭和二十六年(金)第五六号保証金八万円の還付請求権を券面額で転付を受けたので、本件公正契約当時、真実存在した原告の債務は金二十三万四千五十六円二十銭残存するだけである。しかも公正契約における日歩金三十五銭の遅延損害金の約定はあまりに高額で、公序良俗に反する無効のものである。

よつて原告は(一)乃至(四)の何れの理由によつても本件公正証書の執行力は排除さるべきものであるから、その排除を本訴において求めるものである。被告の答弁事実中、原告の被告からの本件資金借用が原告の営業のためになされたものであることは認めると述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張事実中、原告が元東洋絹織株式会社と称していたが、原告主張の如く商号を変更したこと、被告が原告に対する債務名義として原告主張の公正証書を有し、右債務名義の内容が原告主張の如くであること、(一)の事実中、本件公正契約は被告が原告に対し昭和二十五年四月二十三日金二十万円を貸付けた際、原告から交付を受けた白紙委任状を利用し、被告において訴外坂本吉勝を原告の代理人に選任し、右坂本と被告との間に成立したものであること、(二)の事実中被告が原告主張の資金貸借当時、原告主張の如く貸金業の届出をしていなかつたこと、(三)の事実中原告がその主張の(イ)乃至(ト)の約束手形を、その主張の日時、被告宛に振出したこと、(四)の事実中(1) の昭和二十五年四月二十三日金二十万円を、(2) の同年五月四日金十万円を、(3) の同年五月三十一日金十五万円を何れも弁済期限三十日とし、右期限内の利息の前払を受けて原告に貸付けたこと、本件公正証書表示の債権中への弁済として被告が原告主張の如く昭和二十五年十二月金五万円、昭和二十六年一月中旬金五万円、同年二月上旬金五万円を受領した外、同年五月三十一日原告主張の保証金還付請求権を、その券面額金八万円で転付を受けたことはすべて認めるが、原告主張の(一)の白紙委任状には乙第一号証の承諾書が添附されていた(同一用紙で承諾書と委任状との間にミシンの切取線が入つていた)ものであり、公正証書の作成、公正契約の内容もすでに原被告間に約定されており、且原告は予め被告に右公正証書作成のための原告の代理人を選任することを委任していたものであるから、右条件の下では公正契約により原告の権利ないし利益は何等害せられることはないので、被告が相手方原告のための代理人を選任しても民法第百八条の法意に反するものではなく、本件公正契約は適法有効なものである。(二)の点については原告主張の資金貸借当時被告は貸金業者ではなく、原告代表者松沢一郎は被告の知人であつたので同人の懇請により資金を貸付けたもので貸金業としての貸付ではない。(三)の各手形は原告の債務の支払のために振出された(原告が任意に振出したもので被告が振出を要請したことはない。)もので、支払に代えて振出されたものではない。その余の原告主張事実はすべて否認する。本件公正契約の目的となつた原告の債務金七十万六千二百四十円は上叙(四)の(1) (2) (3) の貸付金に由来するものであるが、その詳細は右各貸付金の弁済期毎に貸付を更新し、旧貸金の返済を受けると同時に同額を弁済期限を三十日として利息はその都度約定して新に貸付けて来たものであり、

(1)の貸金二十万円の貸付更新の結果は昭和二十六年六月二十一日までの利息は弁済を受けているが、同日貸付更新の金二十万円に対する同日以降同年七月二十日までの三十日間の利息の未払分五千円残存していたところ、右七月二十日貸付更新の二十万円に対する同日以降同年八月十八日迄の月一割五分の利息金三万円、右八月十八日貸付更新の二十万円に対する同日以降九月十七日迄の月一割五分の利息金三万円、以上合計して二十万円についての昭和二十五年九月十七日現在の元利金未済額は二十六万五千円であり、

(2)の貸金十万円については貸付更新の結果、昭和二十五年七月二日までの利息は弁済を受けたが、同日貸付更新の十万円に対する同日以降同年八月一日までの月一割二分の利息金一万二千円右八月一日貸付更新の十万円に対する同日以降同月三十日までの月一割二分の利息金一万二千円、右八月三十日貸付更新の十万円に対する同日以降同年九月十七日までの月一割二分の利息金七千六百円、以上合計して十万円についての昭和二十五年九月十七日現在の元利金未済額は十三万千六百円であり、

(3)の貸金十五万円については貸付更新の結果、昭和二十五年六月三十日までの利息は弁済を受けたが、同日貸付更新の十五万円に対する同日以降同年七月二十九日までの月一割五分五厘の利息金二万三千二百五十円、右七月二十九日貸付更新の十五万円に対する同日以降同年八月二十七日までの月一割五分五厘の利息金二万三千二百五十円、右八月二十七日貸付更新の十五万円に対する同日以降同年九月十七日までの月一割五分五厘の利息金一万七千五十円、以上合計して十五万円についての昭和二十五年九月十七日現在の元利金未済額は二十一万三千五百五十円であつた。

従つて昭和二十五年九月十七日現在における原告の元利金債務額は総額六十一万百五十円であつたが、同日右金額につき、貸付更新し利息日歩金三十五銭としたので、本件公正証書作成の日である同年十月三十一日当時における原告の債務額は右六十一万百五十円とこれに対する同年九月十七日以降十月三十一日までの日歩三十五銭の利息金九万六千九十八円とを合計した金七十万六千二百四十八円であり、従つて公正契約の目的たる債権はあつたのである。なお、原告の本件資金借受はすべて原告の営業のためなされたものであるから利息制限法の適用は受けないと述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が元東洋絹織株式会社と称していたが、昭和二十五年十二月十八日現在の如く商号を変更したこと、被告が原告に対する債務名義として原告主張の公正証書を有し、右債務名義の内容が原告主張の如くであることは本件当事者に争がない。

よつて先ず原告主張の(一)についてしらべて見ると、本件公正契約は、被告が原告に対し昭和二十五年四月二十三日金二十万円を貸付けた際、原告から交付を受けた白紙委任状を利用し、被告自身で訴外坂本吉勝を原告の代理人に選任した上、右坂本と被告との間に成立させたものであることは被告の認めるところである。ところで公正契約をするにあたり、締約者の一方が相手方のために代理人を選任すること自体は必ずしも、違法のものとは言えないことは勿論であり、右選任を予め委任して置くことも可能であるけれども、所謂双方代理禁止の法意からすれば、右の如き方法による締約を是認するためには、民法第百八条但書の場合の如く、締約両当事者の間になさるる行為が、理論上、その行為自体から新な利害関係が生ずるものではなく、既存の関係から当然協力を要する如き性質のものか、或は行為の内容が契約者本人双方の意思により予め確定されている(この場合本人の利益が害されないことは弁済の授受と同様である)場合であることを要するものであるが、日歩の数額並に証書の日附の部分を除いて、その成立について争のない乙第一号証(承諾書)原告から被告に交付される際、墨書の部分が白地のままであつたことについて争のない甲第二号証の存在、原告代表者訊問の結果の一部並に被告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は被告から前記の如く昭和二十五年四月二十三日金二十万円を借受けるに際り、「原告(当時東洋絹織株式会社)の被告に対して負担する一切の債務については、原告代表者も個人で連帯債務者となり、その債務の弁済契約若は右債務を目的とする準消費貸借契約を結び右契約については公正証書を作成すること、弁済期後は日歩を以て算出する違約損害金を支払うこと、公正証書作成のため被告において債務者の代理人を任意、選定するも異議がないこと、右公正証書作成に必要な債務者の委任状、印鑑証明書等は債務者である原告等から予め被告に交付し置き、被告は右委任状等の所定箇所へ任意必要な記入をなし得ること」等を主要条項として印刷してある承諾書と、これと接続し、ミシン入りの切取線で仕切られていた委任状(甲第二号証)を被告に交付したが、右委任状には受任者の記載がなく、委任事項としては原告が負担する債務につき弁済期、利息期限後の損害金強制執行の認諾、その他必要事項を相手方と取極め、公正証書を作成すること等を指示する旨の印刷があるが、債権者、債務額、利息期限後の損害金、弁済期日等についての具体的記載をなすべき部分はすべて白地のままのものであり、従つて被告に交付された当時、右承諾書、並にこれと一体をなしていた委任状に現実に印刷されていた事項に限つては、原告もこれを承諾したことが認められる。原告代表者訊問の結果中右認定に反する部分は信用がおけないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。けれども将来作成さるべき公正証書に表示される原告の債務額については、右承諾書並に委任状交付当時、特に約定された事実を認め得る証拠はないので、原被告間に現実になされた金員貸借契約の約定条項により算出された公正証書作成時における債務額の範囲内のものである場合の外は、将来の協定によらざるを得ないわけであり、又公正契約による弁済期、利息、期限後の損害金の日歩の数額についても特に予め約定されていた事実を認め得る証拠もない。(日歩の約定についての数額の約定がなかつたことは被告本人の供述により明かである。)しかも本件公正契約の目的となつた原告の債務額七十万六千二百四十円の算出方法については、被告の主張によれば昭和二十五年四月二十三日貸付の二十万円、同年五月四日貸付の金十万円、同年五月三十一日貸付の十五万円をその約定弁済期限三十日毎に、貸付を更新し、更新前の貸付の弁済期限の最終日と更新による新貸付の貸付当日と重複させ(いわゆる一日おどらせて)月一割二分乃至月一割五分五厘の利息をかけて、算出した昭和二十五年九月十七日現在の元利金合計額に対し、更に日歩三十五銭(月一割をやや上廻る)の利息を加算したものであると言うのであるが、右各貸付更新、並に各更新後の利息及び昭和二十五年九月十七日現在の元利金合計額に利息を附する約定等が原被告間に成立した事実はこれを認め得る証拠がなく、むしろ本件弁論の全趣旨に徴すれば、被告が任意に一方的に算定したものと推定されるものであり、その他公正契約表示の弁済期損害金(日歩三十五銭は高率であるや否は別として)等についても予め原被告に協定確定されていた事実を認め得る証拠がないものであるところ、証人坂本吉勝の証言によれば同人が原告の代理人として本件公正契約をなすにあたつては、被告からその約定事項については、すでに原被告に確定されたものであると聞かされ、被告の言うままに公正契約を成立させたものにすぎないことが認められるので、本件公正契約はすでに説示したところからして、双方代理禁止の法意に反する無効のものであると言わざるを得ない。もつとも成立に争のない乙第二号証の一乃至七並に証人松沢幸一の証言によれば本件公正証書作成後の昭和二十五年十一月二十一日原告はその主張の(1) 乃至(3) の借用金の元利金総額を九十四万三千三百五十円ありとする被告の計算を一応認めて、これを割賦弁済する趣旨で、右乙第二号証の一乃至七の約束手形金額に分割して、その弁済のため(弁済方法としてか、又は弁済に代えてかの点は別として)右各手形を振出したことは認められるが(右計算が原告側でなされたものであるとの趣旨に解される証人今井弘の証言並に被告本人の供述は信用しない。)原告本人訊問の結果によれば、原告が右元利金額の分割弁済を承認したのは、原告としては(1) 乃至(3) の借用金が元利合計して被告計算の如くなるや否は疑問であつたが、右借用金の弁済を早急に果すことができないので、被告の要求に従つたものにすぎないことが認められる。従つて右元利金債務の承認は当時原告が本件公正契約を知つて、これを追認する意図のもとに、右公正契約の趣旨に従つて算定承認したものとは解することができないので、本件公正契約を適法有効ならしめるものではない。

して見れば、本件公正契約は無効なわけであるから、その公正契約無効を理由として公正証書の執行力の排除を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、強制執行停止決定の認可並にその仮執行の宣言につき同法第五百四十八条第一項第二項を各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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